A Brighter Fall Day - 4/4

 翌朝。空は相変わらずの薄曇りであったが、天気予報によるといっときは晴れ間も射すだろうとのことで、桜木は凪いだ気持ちで昨日と同じ場所に座って一家団欒の食卓に加わった。ごはんと卵焼き、ウインナーと煮物に漬物。そのどれもに舌鼓を打つ桜木に河田の母は嬉しそうに笑い、秋田では漬物のことをがっこというのだと教えてくれた。
 昨日と同じように食後の片付けを引き受けて、部活に向かう河田と一緒に車に乗せてもらう。今日は彼も桜木と一緒に後部座席に並んで座った。
「そうそう、桜木君、これ。電車でけ……食べて」
 河田の母が彼の手に両手ほどの包みを渡してくれる。彼の名前と同じ桜色の包みは、大きさの割にずっしりと重く、ほんのりとあたたかかった。
「おにぎり。ぼだっこ……塩鮭とウインナー」
「お母さん……。ありがとうございます!」
 運転席に座る河田母のセーターと同じ色のそれを、桜木はそっと抱き締めて頬を寄せる。その様子をバックミラー越しに見て、彼女は優しい目をとりわけ優しくした。
「お父さんもね、仕事があるから挨拶できなかったけど、またおいでって言ってたよ」
「んだ。今度はしっかり連絡寄越して、ボール以外の荷物も持って泊まりに来い」
 河田が脇に置いた鞄の中からノートと筆記具を取り出し桜木に渡す。桜木は普段より時間をかけて丁寧に、名前と住所と電話番号を書き記した。ノートを閉じるのを待ってから、車がゆっくりと動き始める。
「折角だから、海さ見ながら行こうか」
 車は桜木を送り届けるために秋田駅に向かい、それから山王に向かう。部活が始まるまでまだ一時間以上はあるから、少しの遠回りも許されるだろう。
 夜とは違って見える景色の中、風を切って車は走る。走るうちにだんだんと空は明るくなり、差し込む光は日本海の黒い水面に空へと繋がる梯子をつくった。すると、
「……花道」
 と、河田が桜木の名前を呼んだ。桜木は、ン? と首を傾けた。
「おめの電話番号と住所、沢北のやつに教えてもえがべ?」
 尋ねた河田は、昨日の会話に何を思ったのだろう? 彼の人をよく観察する目は桜木の身体のうちに何を見たのか。桜木も彼の目から内側を覗こうと思ったが、きっとそうしてもこの男ほど上手くできないだろうと思い直し、視線を横にすべらせた。
「ン……」
 桜木は河田の肩越しに見える海と光を見つめたまま喉でいらえた。
「んだ」
 河田も答え、ふたりは同じタイミングで前を向いた。
 車は北へと真っ直ぐに向かう。景色はときに止まりながら流れてゆく。

『こどもたちの王国』に続く