「いいか、勝負は簡単だ!! 俺がテンゴール決めるまでに俺からボールを奪い、ワンゴールでも決めることができればお前の勝ち。俺はお前を認めてやろう」
火を噴き地を踏み鳴らしながら体育館までやって来たゴリラは、その後きちんと体育館履きに靴を履き替えてから、高らかにそう宣言した。さっきまで花道と流川のふたりきりだった体育館は、騒ぎを聞きつけ集まり出した観衆や体育館を使用する部活動の生徒たちでいっぱいになり、異様な熱気に満ちている。彼女ら彼らの話から、花道は目の前で仁王立ちしている大男がバスケットボール部のキャプテンなのだと知った。
「さあさあ、はったはった。桜木に賭ける奴はいないかな⁉」
ざわめく人々の中で、見慣れた男たちが博打の胴元をしている。急ごしらえの表では、大半がキャプテンに賭けているようで、グラフ化された花道の得票はほとんど地面すれすれだ。
(……洋平だろうな)花道は思った。
幼馴染は三馬鹿と一緒になってへらへらと騒いでいる。さっきの慌てようなどまるでなかったみたいな風だが、同じようにへらへらしている男たちの頭に等しくたんこぶが乗っかっているから、恐らく奴らのせいで水戸は大慌てで駆けつけることになったのだろう。学ランの背中を見つめていると、不意に振り返った彼と目が合った。ぱちん、と気障なウインクに花道は笑顔を返した。
「……使うか?」
足元で鞄を漁っていた流川が、ジャージの上着を取り出し花道に差し出す。ようやく念願のダンクを見られるかもしれないと、彼の黒い目の中で期待が元気よく跳ねまわっている。
「ん、へーき」
その目はちょっと、いいかもしれない。
「……なぁ、おめーもあたしに賭けろよ」
損はさせねーからさ。笑ってみせると、流川は瞳の強さの割に筋肉を使わないぼそぼそ声で、
「金は賭けねー」
と返した。
「あっそ」
「もっとでけぇモン賭けてる」
「はぁ? ……、」
ぎらついた目。今度は僅かに筋肉を使って、流川の口角がほんの少し持ち上がる。彼は笑ったようだった。その自覚が有るかは分からない。が、その顔も悪くない。と花道は思った。
「桜木さん!」
ついさっき勇敢にもキャプテンの胴にしがみついた晴子が、今度は花道に駆け寄りその身体に抱きついた。柔くていい匂いのする塊が突然胸に飛び込んできて、花道の身体は緊張する。
「ハルコさん! だ、大丈夫でしたか!?」
「あたしのせいでごめんなさい」
「どっか怪我とかしてないですか、……あのゴリ野郎め、」
「違うのよう、あたしがつんのめって転びかけたところをかばってくれただけなのよう~! それが何でこんなことに……」
「ははっ! じゃあ花道のせいだな!」
軍団の野次が入る。晴子が首を横に振った。
「ううん、やっぱりあたしのせいよ! あたしが変な言い方したから、それで勘違いしちゃったんだわ……」
「変な……、」
背が高いだの空を飛んだだの、とキャプテンは言っていた。何かの理由で昨日のことを話したのかもしれない。
「ハルコさんのせいじゃないっす。だってハルコさん、あたしのこと期待してそう言ってくれたんでしょう? 嬉しいです」
「桜木さん……。そうよう! あたし、桜木さんは凄い選手になるって言ったの! 冗談なんかじゃない、本気の本気よ!」
「はは。じゃあ絶対負けらんねーな」
花道はブラウスの袖を捲り、晴子に借りたヘアゴムで髪を括った。晴子も流川も、それから水戸も。花道を信じ、期待してくれているのだ。ならばこれは、決して負けられない戦いだ。
「よっしゃ行くぜゴリラ野郎!」
「ゴッ……!! 甘く見るなよ赤髪ヤロウ!!」
キャプテンの手にしたボールが床を叩く。観客たちがワッと声を上げたのを合図に勝負は始まった。――がしかし、
「どーした威勢がいいのは口だけか⁉」
「うるせー慌てんなゴリ! すぐ取ってやるから待ってろ!」
低い位置でドリブルするキャプテンの前に立ちはだかり、より低い位置でボールを狙う。がしかしバスケット経験のない花道は彼の太い腕や上半身に阻まれてボールに触れることができない。ヤツはゴリラだが、バスケット部の主将を務めるほどのゴリラだ。ダラダラと動き回っていたら危うい! と、花道はほとんど本能的に考え、神経を研ぎ澄ませた。勝負は一瞬、瞬きの間に決まる。
「鷹だ!! 獲物を仕留める鷹の動きだ!!」
二階客の誰かが叫ぶ。鷹にゴリラが狩れるだろうか。花道は上履きの足で地面を蹴り、獲物目掛けて飛び掛かった。
「とりゃあ‼」
キャプテンの足元にすべり込みその足でボールを狙う。床に擦れてスカートが捲り上がったが、彼女の足は流川のジャージが守ってくれているから火傷や怪我の心配はない。思い切りのいいスライディングだ。異種スポーツ技に突然襲い掛かられたキャプテンはとび上がるほど驚いたが、彼の手にぴったりとボールが吸い付いていたお陰で彼女の足はむなしく空気を蹴った。
「そりゃサッカーだ‼」
「あのバカ……」
爆笑に包まれる体育館で、ただひとり水戸が恥ずかしさに顔を覆う。晴子は驚き、流川は呆れた。
「おめーはバスケットとサッカーの区別もつかねーのか‼」
「バスケは足を使っちゃ駄目だよー!」
「なっなにぃっ……⁉」
花道の反応に体育館は更なる爆笑に包まれる。キャプテンは豪放にも、構わん、やらせてやれ、と言い放つ。彼は床と平行になっている花道をひょいと跳び越え、そのまま軽くジャンプしてシュートを決めた。
「あぁっ⁉」
「そりゃそーだ‼」
「ちゃんとやれー!」
「うるせー! 外野は黙ってろ‼」
野次に向かってキレる花道をゴリラが挑発する。
「さぁ次はどうする? サッカーの次はバレーかアメフトか? おっと、それもボールに触れんとだな」
「ふ、ふぬ~~~っ‼」
「触りたいか? ん? ホレ」
地団駄を踏んで悔しがる花道に、キャプテンがボールを差し出す。花道が手を伸ばす。すると彼はサッと手を躱す。そんな茶番を五度、六度。子供じみた挑発を繰り返し、その度に丁寧に引っかかる花道をドリブルで抜いてシュートを決める。玉入れと言われて怒ったのは彼の方なのに、二人のやり取りはまるで玉入れ遊びのようなそれだ。
「おい、どうした。このままだとシュートどころかボールに触れもしないで終わっちまうぞ⁉」
「あーっムカつく‼」
五回、六回、七回、と連続でシュートを決められいよいよ後がなくなってくる。花道は電光石火の勢いでコートを駆けぬけキャプテンを追った。そのあまりの速さに観衆がどよめく。
「……ほう、スピードだけは超一流。それは認めてやろう。――がしかし、それだけでは俺には勝てん‼」
「うるせぇっ‼ 黙ってプレイできねーんかっ!」
キャプテンを追い掛け追い付き、いよいよその手がボールに触れようというところで男の足からキュッと音が鳴りブレーキが掛かる。急に止まれない花道がどごんと壁にぶつかったタイミングでキャプテンがジャンプシュートを決めた。八ゴール。
「おっおい、あいつ大丈夫か?」
「すげー音したぞ⁉」
壁にめり込む勢いで激突した花道に、観衆たちが青くどよめく。これにはさすがにキャプテンも言葉を失った。皆の視線の中央で赤いポニーテールがゆらゆら揺れる。
「お、おい。大丈夫か……?」
思わず勝負を置いて声を掛けたキャプテンに、花道の肩がピクリと揺れる。壁から頭を離した彼女の額から真っ赤な血が滴り、床に一点の小円を描いた。
「桜木さん!」晴子が叫ぶ。
「…………」
会場のざわめきに対して、中央のふたりは静かに対峙していた。顔を上げた花道の瞳の気迫を前に、男は野次や挑発の言葉を忘れていた。これだけの執念を、果たして自分はコートの中で見たことがあったか?
「次は負けねー」
「……」
思わず胸に張り詰めた緊張。これは畏怖だ。一心にボールを狙う彼女の色の薄い瞳。どんな風に身を躱しても決して逃げられないと思わせる野生の獣の目。瞬間、彼女の手が先よりも素早く鋭くボールに伸びる。
「ッ渡さん!」
男は無意識のうちに声を張り上げ、彼女の身体を弾き、その勢いでダンクを決めた。
「……っ‼」
「出たああぁっ! ゴリラダーンクッ‼」
叫んだのはじりじりとふたりの勝負を見つめていたバスケ部員たちだ。キャプテンをゴリラと呼んでいるのは花道だけではないらしい。叫んだばかりの興奮を乗せて部員のひとりが隣の男に話しかける。
「キャプテン、相当熱くなってますね、木暮さん」
「赤木とすれば当然だ。バスケットを侮辱されたんだからな。……でも、」
「でも?」
「今のはちょっと、違う感じがする」木暮と呼ばれた眼鏡の部員が続ける。「彼女の動きに引きずられたような、そんな動きだった。アイツはダンクをさせられたんだ――この勝負、油断できないぞ、赤木」
九ゴール目を決めたというのに、赤木の表情に余裕はない。彼もまた、咄嗟に動いてしまった自分の肉体に驚きを感じていた。今の動きは勝負であり、試合だった。そんな手応え。
しかし、焦りを感じているのは花道とて同じだ。
(あれがゴリラ……いや、スラムダンク!)
晴子が昨日教えてくれた、ゴールが壊れるんじゃないかというほど激しくたたきこむダンク。その、空気や地面を丸ごとひっくり返すような圧倒的なパワーを目の当たりにして彼女は怯んだ。なんて荒々しいぶつかり合い。しかし、
(負ける訳にはいかねーんだ!)
ボールを構える赤木の前に両手を広げ立つ。その背中に今も熱を感じている。晴子の、流川の、水戸の視線。自分を信じ、期待してくれた人たちを、花道は裏切る訳にはいかないのだ。怒りより承認より、信頼こそが彼女を動かす。
「来いっ! ゴリ‼」
「これで終わりだ‼」
一瞬の隙もない攻防。先よりも精度を増した花道の身体のキレから、赤木は限りなく低いドリブルでボールを守る。
(こいつが縦に動いた瞬間が勝負だ!)
このシュートだけは決めさせない‼ 花道は低く構えた下半身の筋肉を緊張させその瞬間を待つ。そして、
「うおおっ‼」
赤木の身体がぐわりと大きく高くなり、ボールを持った両手が天へと伸びる。今だ! 花道は地面を蹴って空を飛んだ。
「⁉」
赤い残像が壁となり、ゴールリングを覆い隠す。凄まじい身のこなしで全てのシュートコースを塞ぐ花道の姿に、体育館全体が驚きに包まれる。
「何だあの動きは⁉」
「おおーーっスゲエ‼」
「人間離れした瞬発力だ‼」
驚愕。混乱。観客たちの度肝を抜いた花道の猛烈なディフェンス。それを目の前で見せつけられた赤木の衝撃は如何ほどだろう。
(何だこいつは⁈)
こんなプレイは今迄見たことがない。目が、否。意識全てが彼女に奪われる、その一瞬。彼の手に吸い付いていたボールがまるで意識を持ったようにその手の中から逃げ出した。
「あっ‼」
その隙を花道は見逃さなかった。ひたすら上に跳んでいた身体を後ろに捻り、今度はボールに飛び掛かる。同じようにした赤木の身体を飛び越えるその瞬間、ふたつの身体がぶつかって凄まじい音を立てた。
「赤木‼」
「桜木さん‼」
「……」
「大丈夫かよ、スゲエ音したぞ今……‼」
「ボ……ボールは⁉」
起き上がった赤木がボールを探す。右か、左か。その目の中に赤い色が飛び込んでくる。赤はボール、鮮血、髪の色――、
「へへ、取ったぞ」
ボールは少女の胸の中にしっかりと抱えられていた。結んでいた髪はほどけほつれて、額と鼻からは血が噴き出している。だのにその表情は晴れやかで誇らしく、美しくさえあった。
「うわああーっ! ついに取ったぞーーーっ‼」
「シロートがバスケ部の主将からボールを取ったあーっ‼」
一気に湧き上がる会場。全国大会だってここまで盛り上がることはないだろう。そう思うほどの熱量に、木暮は場の空気がひっくり返ったのを肌で感じる。
「あの子……ただ者じゃないぞ。赤木からボールを取るとは……。見ろ、さっきまでおもしろ半分で見ていた野次馬たちも、マジで応援している。だんだんのめりこんできてるんだ」
「木暮さん……」
野次から一転した声援に気を良くした花道が赤木に吠える。
「さー行くぞゴリ!」
そう言って、ボールを脇に抱えて駆けだす彼女に、バスケ部員が一斉にツッコミを入れる。
「こらこらちょっと待て!」
「ボール持って三歩以上歩いちゃいけないんだよ‼」
「ぬ?」
最早彼女にブーイングを入れるのは彼らしかいないだろう。しかしその声を他でもない赤木が遮る。
「構わんと言ったろう! 好きなようにさせろ」
「赤木さん……」
「どんな方法だろうがあのリングにボールは通させん」
そう言ってゴール前に立ちはだかる巨体は、攻撃のときよりむしろ圧倒的に見えた。それもその筈、プレイヤーとしての赤木の評価は、パワフルなオフェンスよりむしろ鉄壁のディフェンスにある。しかしそんなことを知る由もない彼女は、見上げる壁に立ち向かう。否、たとえ知っていたとしても、彼女は立ち向かっただろう。
ボールを抱えて走る彼女の眼前に凄まじい音で壁が立つ。そびえる壁は、右に走り、左に走り、上に跳んでも花道の進路をことごとく塞いだ。苦し紛れに投げたボールはまるでバレーのスパイクのように打ち落とされる。その威力にバスケ部一同は沸き、観客たちはおののいた。
「さすが赤木さん!」
「ゴール下のキングコングの異名はダテじゃないぜ‼」
あまりにも相手が悪過ぎる。誰もがそう思ったことだろう。
「ひどい、桜木さんは初心者なのよ」
晴子の声にも同情が滲む。水戸が答える。
「つまり、花道のことをタダ者じゃないと直感してるんだ」
ふたりの視線の向こうで対峙する赤木と花道の目。既にその中に怒りも嘲りもなく、あるのはただ相手の隙を見逃さんという意思のみだ。
「花道も超マジだぜ」
晴子は改めて花道を見た。二メートル近い赤木の正面に立つ彼女は、女性にしては長身で逞しいとはいえ、やはり女性の体つきをしている。筋肉がついていても細い手足。薄い肩。抱きついたときだって、その身体は晴子と同じく柔かった。でも、
(……でも、桜木さんは飛んだのよ)
地上のしがらみ全てを断ち切るように強く、高く。
赤木の目を真っ直ぐに射抜きながら、花道のふっくらとした唇が細く息を吸って、吐いた。乱れた髪のひと房がはらりと落ちて彼女の頬にかかる。晴子の胸は高鳴った。
花道は腕を振り上げ、空の高い所に勢いよくボールを投げた。ボールは二階客の視線の高さで空を切り、一心にゴールを目指す。
「何だ? もう敵わないとみてヤケクソのシュートかあ⁉」
「いや」
流川が言った。彼も晴子と同じようにあの瞬間に立ち会ったのだ。彼の目は一点の曇りなく信じている。花道には何もかもを飛び越える翼があるのだ、と。
花道は走り、そして空を飛んだ。新世界の扉から吹き込む風に乗っかって高く、誰よりも高く!
天空にその細い腕を真っ直ぐ伸ばし、ゴールのバックボードに当たって跳ねたボールを掴もうとする。
「まさか! 取ってそのまま……⁉」
「ダンクだ‼」
誰もがその瞬間を期待して息を呑んだ。――が、彼女の手がボールに触れる直前に、赤木の大きな手が両手でボールを鷲掴みにした。彼女の作戦は、ゴールにぶつかる直前に読み解かれたのだった。
「さすが赤木! 凄い反射神経だ!」
しかし花道の両手はそのまま真っ直ぐ伸び、赤木の腕の間からボールを掴む。やはり細い指、小さな手だ。しかし、だからこそ彼女の手はボールを掴んだ。花道は渾身の力でもって身体を捻り、バランスを崩した赤木の身体ごと、ボールをリングの中心に叩きつけた!
ガツン! とゴールを揺らす音がして、直後赤木の身体が地面に落ちる。ゴオンという音が体育館を揺さぶった後、辺りはひとつの大きな沈黙に包まれ、それから爆発した。
「うわあああああっ‼」
「信じらんねーーーっ‼」
落下音は一度きり。花道の身体はゴールリングにぶら下がっている。窓から差し込む光が白いブラウスを薄く透かし、彼女の細いしなやかな腕のシルエットを浮かび上がらせた。
「……参ったか‼」
勇ましい笑顔の頬に汗が流れて光を描く。花道は手を離し、トン、と軽い音を立てて地面に着地した。空飛ぶ生き物の軽やかさ。がしかし、勝負を終えて気が抜けたのか、地に下りた彼女の足は僅かにふらつき、その身体はバランスを崩して傾いた――と、その腰を支える者があった。いつの間にかゴール下にいた流川である。
「っと、……あっ、ワリ、」
「ん」
傾いた頬を、存外に分厚い少年の胸が受け止める。花道はドキリとした。学ランに血が付いたら大変だ。パッと身体を離し服を掴んでぶつかった部分に目を凝らす。
「血、付いてねぇか? 汚したら洗濯だからな」
「多分ヘーキ。黒なら見えねーし」
それより、と。流川の腕が花道の肩を掴んで顔を上げさせる。学ランなんかより大切なことがある、という意思表示だ。花道は顔を上げた。
「おめー、出席番号は?」
「あぁ? えーっと、確か、一〇番」
流川は胸ポケットからペンを、尻ポケットから紙を取り出し、何かを書き込んだ。それから身体を起こした赤木の元へ。
「キャプテン」
キャプテン。呼ばれた赤木が振り返る。身体全部で落下したというのに、彼は怪我ひとつ負っていないようだった。その彼に、今しがたの紙を差し出す。
「……ッス」
恐らくこれは、お願いします、の意味だ。赤木は紙を受け取り広げてみせた。手元を傍らにいた数人の部員が覗き込む。
入部届 一年七組一〇番 桜木花道
部活名 バスケットボール部
「入部届……一年七組、一〇番、桜木花道、部活名、バスケットボール部……、」
赤木が丁寧に読み上げてくれたお陰で、花道も事の次第を理解した。流川は花道にバスケットをやらせるつもりなのだ。自分と同じ、バスケットボール部の一員として!
「認めるって言った」
驚く一同に先回りして流川が言う。
「認めるって、確かに言ったがそれは別に部活のことじゃ、」
「そうだそうだ! あたしは別にバスケ部に入りたくて勝負したんじゃ……っ」
赤木と花道が呼吸を合わせるようにして言う。元より赤木の承認なんか必要なかった。花道はただ黙っていられなかっただけなのだから。だがしかし、彼女の声は背後から上がった晴子の声に打ち消された。
「あたしも聞いたわ! この耳でしっかり!『俺はお前を認めてやろう』って‼ ここにいる全員が証人よ‼ ……桜木さんスゴかったわ、とっても! あたし、あんなダンク見たことない。あんなジャンプ……、っ桜木さん、練習したらきっともっと、もーっと上手くなる。誰も届かないような空のてっぺんまで飛んでけるわ‼」
「そ、そうでしょうか……?」
あまりの勢いで捲し立てられ、花道はたじろぐ。いつの間にか手まで握っていた晴子は、可憐な顔を花道の顔にずいと寄せて頷いた。
「そうよう! あたしが保証する! 桜木さんはきっとスゴイ選手になる、って‼」
そこまで自信を持って言われれば、根が単純な花道も、それならやってみてもいいかな、という気持ちになる。晴子は花道の手をしっかりと握ったまま振り返り、バスケット部の主将を見つめた。
「桜木さんは見せたわ。バスケット部のキャプテンからボールを奪ってダンクを決めた。これ以上ない証明じゃない! それをなかったことにするなんてずるいわ。いつも言ってるじゃない。『男に二言はない』って。今日だけは違うの?」
「それは……、」
晴子に真っ直ぐ見つめられて赤木がたじろぐ。痛いところを突かれたぞ、という表情。そんな人間みたいな顔もできるのか、と花道と流川は思った。晴子が続ける。
「桜木さん、きっと、流川君とふたり、湘北高校バスケット部の救世主になるわ」
「ぐぬ……、」
赤木が唸る。救世主云々より、自分の言葉を反故にするのが許せない、という様子だった。彼は晴子と花道、それから流川の顔を繰り返し見て視線で三角形を作り、それからたっぷりとため息をついて、岩のように硬い声で頷いた。
「……分かった」
花道の入部は受け入れられたようだった。ふたりは顔を見合わせた。流川も、ふたりの後ろで満足げな顔をしている。
「やったぁ! おめでとう、桜木さん‼」
「ハルコさん」
跳び上がって喜ぶ晴子に花道の胸もあたたかくなる。彼女が喜んでくれるなら、花道はきっと何度でも空を飛べるだろう。
「あたし、毎日だって見に行くからね。桜木さんの成長、見逃せないもの! ね、これからよろしくね、お兄ちゃん!」
「はっはっは、よろしく頼むぜ、おにい……ん?」
晴子が赤木に向けて放った、お兄ちゃん、という言葉。その言葉に体育館の時が再び止まる。全員がひとつの沈黙を共有した後、今日一番の驚愕が体育館を揺さぶった。
