Fly girl, in the sky 第七話 - 1/3

HOPE

 四月最終週の土曜日。午後からの練習試合を前にバスケットボール部の面々が練習に励んでいる陵南高校体育館にそれは現れた。
「チューーース‼」
 空気をびりびりと震わせる挨拶と共に現れたのは、今日の対戦相手である湘北高校バスケットボール部の部員たちだ。生徒たちの振り返った向こう、開いた鉄扉の奥に主将である赤木を筆頭にした部員一同が姿勢よく立っている。監督である田岡茂一も部員たちに向けていた目を翻し、挨拶の為に立ち上がった。すると、
「ほっほう、これがリョーナンバスケ部ね」
 主将・赤木の脇からひとりの少女が姿を現す。部員のほとんどより背の高い、目の覚めるような赤い髪をした女の子は、梳いた前髪に改造制服の長いスカート姿の絵に描いたような不良少女で、スポーツマンの一群の中で明らかに異質である。
 何だあの子? スケバンか? ざわつき始める生徒たちをよそに、彼女は目尻の切れ上がった大きな目を見開いて鼻息荒く言い放った。
「いいかよく聞け、センドーはあたしが倒す‼」
 体育館中に響き渡った大声、その内容に一同驚き言葉を失う。と、
「バカモノ‼ 礼儀をわきまえんか‼」
 直後、少女の赤い頭の上に主将の特大のげんこつが炸裂し、陵南高校バスケットボール部の部員と監督は慄いた。
「……すぐなぐる!」
 しゃがみこんで訴える少女を周りの生徒たちはいつものこと、と苦笑で受け流している。陵南の生徒たちは到着早々の嵐のような暴力に圧倒されて言葉も出ない。
 とそこに、そんな空気をものともしない快活な少年の声。
「桜木さん‼」
 右手を上げて駆け寄ってきたのは相田彦一。花道と同じ一五歳の高校一年生で、陵南高校バスケットボール部の部員のひとりだ。
 まだ選手として試合に貢献することの叶わない彼は、偵察もとい情報収集の為に訪れた湘北高校の体育館で、個人練習に励む花道と出会ったのだった。
「桜木さん、今日はいい試合をしましょう‼」
「おー、ヒコイチ。センドーはあたしが倒すぞ」
 相田の屈託のない様子に、周りにいた面々もぎくしゃくと動き出す。監督である田岡は生徒の陰に立っていた湘北高校バスケットボール部監督の安西に駆け寄り頭を下げた。
「安西先生‼ 申し訳ございません、遠い所をわざわざ‼」
「イヤイヤ、近いよ」
「おおっ!」赤木の暴力にも驚かなかった湘北の生徒たちがこれには何故か驚く。
「こちらこそ、無理を言ってすみませんでした」
「いいえ! 日程のことなら早めにお伝えいただいたのでこちらには何の支障もなく‼ 彦一、イスをお持ちしろ‼」
「は……はい‼」
「バカ者、もっとデカいイスだ‼ ハバのあるのを‼」
「は、はばですか……⁉」
「まあまあ、田岡君」
 安西が田岡を宥める。恐縮しきりの田岡の様子に、湘北の一年生たちは興味津々だ。
「何だ⁉ ウチのオヤジはそんなにエライオヤジだったのか⁉」花道が言う。桑田が後に続く。
「スゴイ人だったんだな……‼」佐々岡と石井も頷いた。
「湘北の主将、赤木です」
「おう、赤木君‼ よろしく‼」
 本来の予定より少し遅れて、主将と監督が挨拶を交わす。
「ウチの魚住も君を倒すことだけを目標にここまでやってきたようだ。まあ胸を貸してやってくれ」
 赤木と田岡の握手する後ろで、今名前を呼ばれた陵南高校バスケットボール部主将の魚住純が安西と握手を交わしている。
「陵南主将、魚住です‼ ヨロシクお願いします‼」
「よろしく、魚住君」
 赤木よりも低くくもったバリトンの声。魚住が振り返る。
 相田の言う〝今まで見たなかで最高のセンター〟であるらしい魚住という男は、一九七センチメートルの赤木より更に大きく、身体も分厚い大男であった。厚い唇を一文字に結び鋭い目で赤木を見据える彼の様子は、なるほど確かに鬼のように燃えている。
「ヨロシク」
 赤木が右手を差し出す。魚住は応えず、赤木の横を通り過ぎた。
「オレが勝つ」
「生意気な……」
 湘北も陵南も、空気が緊張に引き締まるのを肌で感じた。

 日曜日に行われる予定だった練習試合が前倒しになったのは、監督である安西の要望であった。突然の日程変更、それも午前授業を行った後に練習試合を行うというのは、比較的近い距離にあり、且つ監督同士の信頼関係のかたい二校だから実現したが、やはり選手にとっては忙しないスケジュールになる。それでも彼が希望を通したのは、翌日に行われる海南大附属高校の練習試合を見学する為だった。
『夏に挑む君たちにとって、得るものは大きいでしょう』
 その日、そう言ってスケジュールの変更を部員たちに伝えた安西の横顔を、彩子は驚きの目で見た。監督が試合中以外に積極的に発言する姿を、彼女はそれまでほとんど見たことがなかった。
 それまでの安西は、他校の監督たちから猛将と謳われながらも、決して部活動に熱心な監督ではなかった。
 あまり体育館に顔を出さない。たまに出しても請われない限り助言はせず、練習は主将である赤木や部員たちの自律に任せる。
 椅子に座りお茶を飲んでにこにこと練習を見学している彼は、噂ばかりが亡霊のように薄く身に纏わりついているような、どこか不思議で影の薄い人物だった。
(監督はしても指導はしない、と決めているように見えたけど……、)
 それ故に、彼女が一年生の頃の部の分裂は酷いものだった。それが変わり始めたのは、キャプテン・赤木の新体制にも慣れた頃、新しい一年生たちが入ってきてからだ。
 ――恐らく流川の為だろう、と彼女は分析している。人を惹きつけて止まない才能と、バスケットに対するひたむきな情熱を持っている彼を育てたいと監督が考えるのは、何ら不思議なことではない。猛将と呼ばれる監督であるならば、尚更。……それは他の生徒たちにとって残酷なことでもあるのだけれど。
「ちょっと待ていオヤジ‼」
 スターティングメンバーを発表し、残るユニフォームを配ろうとしたとき、俄かに花道が騒ぎ出した。監督に背中から飛びつき顎をタプタプしている彼女は、どうやら自分がスターティングメンバーに選ばれると期待していたらしい。やめんか‼ 赤木が怒鳴る。
「バカタレが‼ きのう今日バスケを始めたばかりの奴がそう簡単にスタメンになれる訳ねーだろ‼」
「だましたな‼」
「なに?」
「『リバウンドを制する者は試合を制す』とか言って特訓させたくせに‼」
「バカ者‼ スタメンじゃなくても試合に出るチャンスはいくらでもあるんだ‼」
「しょせん補欠じゃねーか、くそう‼」
 だましやがって‼ ふてくされている花道に、どうやら昨日赤木はリバウンドを教えていたらしい。彩子は騒ぎの中でこっそりと皆にユニフォームを配りながら、ふたりの様子を盗み見た。赤木にとって、花道はもう立派に貴重な戦力のひとりであるようだった。不良というレッテルや性別の壁を超えて。
 ――素直じゃないわね、彩子は微笑んだ。
 ふたりを見ている木暮と安田も、同じことを考えている顔をしていた。
「ハー、やめたやめた! お前の考えの甘さにはあいそが尽きたわ‼ つきあってられん‼」
「ぬ……?」
「おい彩子、ユニフォームは配り終わったか?」
「はい。一五番まで全部」
「そうか」
「ちょ……、あたしまだもらってないんですけど……!」
「……」
 言葉の割に随分長く花道につきあってやっていた赤木が、今度は適当な紙とペンを手に取る。太いペン先で紙いっぱいにでかでかと書いた文字はアラビア数字の一六。几帳面な線の、お手本のように整った文字だ。
 彼は同じく適当なテープを手に取り紙の四隅に貼り付けると、それをそのまま花道のシャツにべたりと貼った。ユニフォーム簡易版、ということらしい。
「あっ」
 彩子は思わず声を上げた。が、周りは皆平然としている。赤木は今女の子の鎖骨下から胸元の辺りに触れた訳だが、誰もそれに気付いている様子はなかった。当の赤木と花道本人も、だ。
「…………」
 もう誰もあの子を女の子って思ってないのかも。彩子は考え、自分もそれを一旦脇に置いておくことにした。花道は主将の首にしがみついて彼の頭を平手で叩いている。女も男もへったくれもない。けだものだ。
「あたしはスタメン‼ 背番号は三‼」
「三などないわ、たわけ‼ 四からだ‼」
 赤木は襲い掛かる猛獣を引きはがすのに必死だ。赤木でこれなら他の部員じゃ相手にならない。唯一太刀打ちできそうな流川はつまらなさそうな顔で傍観者然としている。と、安西が背後からふたりに近付いて彼女を呼んだ。
「桜木君、」
「ぬ⁉」
「キミは秘密兵器だからスタメンじゃないんです」
「‼ ……ひみつ兵器」花道の肩が震える。
「秘密兵器は温存しとかないと」
 言葉ひとつで容易く花道を丸め込んだ安西は、どうやら既に彼女の性格を熟知しているようだった。――秘密兵器。その響きの甘美なこと。結局ユニフォームは花道の手に渡り、哀れ佐々岡が木暮直筆の簡易ユニフォームを纏うこととなった。
「練習試合だからこれでいいだろう、赤木」
「どこまで甘いんだ、おまえは」
 三年生の苦労顔を安西は相変わらずの笑顔で眺めている。
 ――彼は本当に花道を試合に出すつもりがあるのだろうか。
 どちらにも思える、考えの分からない笑顔だった。

 湘北の選手たちが体育館入りするのと同じタイミングで、桜木軍団も陵南高校に到着した。普段どちらかといえば他校から訪問される側である彼らは、滅多にない機会にきょろきょろと周りを見回しながら二階のギャラリーに向かう。完全なるアウェイの地に、見慣れた女の子たちの姿。――流川親衛隊だ。四人は何となく会釈をして彼女らの前を通り過ぎた。三人は何やら熱心に応援の確認をしているようだった。大楠が口火を切る。
「さっきの見たかよ、取材断ってたぜ」
「有名私立校って感じだよなぁ。受けときゃいいのに。減るもんじゃねんだから」野間が頷く。
「そんな相手と練習試合って、花道大丈夫なのかよ……って、あっ!」高宮が気付き、水戸が続けた。
「お、ちゃんとユニフォームもらってんじゃねーか!」
「しかも一〇番‼」
「ルカワよりも前の番号とは一体どーゆーことだ‼」
 白と木目の体育館に鮮やかな赤い一団が現れ、その場が俄かに騒がしくなる。
 他の選手たち同様赤いユニフォームを身に纏う花道は軍団のヤジにすぐ気付き、パッと表情を明るくしてから、
「実力だ、実力‼」
 とピースをした。
「強奪したんかな?」
「十中八九そうだろうな」
 その通りだ。野間が続ける。
「っつーかそもそも部員少ねーもんな」
「確かに。あんなにいたのになぁ、一年」
「陵南は何人いるんだ? ……」
 弱小校・湘北の部員はマネージャーを含めても一一名。それに対して陵南は、
「比べるのが馬鹿らしくなってくんな」
「やめだやめだ」
 ユニフォーム姿のスターティングメンバーと、パイプ椅子に座りきれないほどいる部活Tシャツ姿の選手たち。喧嘩だったら逃げ出す算段を取るところだ。と、そこに、
「お、晴子ちゃん」
「あら、洋平君! みんなも!」
 晴子と友人ふたりが慌てた様子でギャラリーに上がってきた。皆息を切らし、うっすらと額に汗をかいている。
「へへ、ギリギリになっちゃった」
「あんたがトロイからあたしまで走るはめに」
「はは、松井さん、言うね」
「そうなのよう、彼女、いつもこうなの、って、あっ‼」
 晴子もどうやら気付いたようだ。
「ねえ見て! 桜木さん、ユニフォーム着てる‼」
「ほんとだ、スゴイ」
「え、試合出るの? 彼女」
 三者三様驚きの声が上がる。歓喜、感心、疑心。けれどその声に何となく同じ嬉しさが通っているのは気のせいだろうか?
「桜木さんなら、何かやっちゃいそうな気がするね」
 晴子の友達のひとり、藤井の声は、やはりどこか期待に膨らんでいる。松井が返す。
「良くも悪くも、って? ……まあ、シュートは確かに上達してたわね」
 シニカルで現実的な彼女流の肯定。よく知る少女ふたりは顔を見合わせちょっと笑い合いコートを見下ろした。
「……マジかよ」
「あの道場破り、女の子だよな?」
「マネージャーじゃねーのか」
 一方、陵南は先ほどの道場破りの少女がユニフォームを着て登場したことに驚いていた。道場破りではないにしろ、威勢のよすぎるマネージャーだろうと高を括っていたのだ。まさか選手とは夢にも思うまい。
 魚住が監督を見遣る。彼はきょろきょろと、未だ姿を現さないエースを探している。
「ワイも驚いたんですが、」
 言葉とは裏腹のどこか自慢げな様子で、相田がノートを開き皆に言う。
「桜木さんは次期主将とも噂される天才バスケットウーマンや、言うてました。せやからきっと、女バスの世界では敵う人がおらんのです」
「バッシュも履いてないような女の子が?」
 チームで一番負けん気の強い越野が水を差す。根っからのスポーツマンである彼は、自己主張が強く協調性を欠く花道のようなタイプが好きではないのだ。
 苛立ちを隠しもしない様子に、部員たちは宥めるべきか同調するべきかと苦笑した。
 そこに思いがけず厳しい声で相田が口を挟む。
「あきまへん‼ 越野さん、それを言うたらあかんのです……桜木さんは、湘北のシンデレラなんや……」
「は?」
 どういうこと? と越野が続けようとした声を、植草の声が遮る。
「こっち来る」
「え?」
 体育館履きの足でずんずんと勇ましい音を立て、件の次期主将候補兼天才バスケットウーマン兼湘北のシンデレラがやってくる。頭が赤いから全身が赤く、その存在感に陵南一同圧倒される。
「な、何だ?」
 切り出したのは魚住だ。さすが主将、というよりは、突然少女に正面に立たれ、そう言わざるを得なかった。少女が口を開く。
「どれがセンドーだ?」
「…………」
 こいつ、顔も知らずに言ったのかよ。沈黙に皆の心の声が重なる。魚住が答える。
「何だ、さっきから。道場破りめ」
「教えるもんかよ、危なっかしい」池上の加勢。
「ぬ……!」
 無礼に無礼を返された花道が一番大きな敵に噛み付く。
「てめー、このボス猿‼ ちょっとくらいでかいからっていばんなよ。ゴリに負けたくせに!」
「な……、」
 何故それを、と魚住が返す前に相田が慌てて仲裁に入る。勿論、花道に情報を漏らしたのは彼だ。
「さ、桜木さん、試合前ですから‼」
「てめーもあたしが倒す‼」
「おう彦一、何だこいつは?」
「秘密だから教えない」
 シーー、と指を立て、相田の代わりに花道が答える。何だかこどもを相手にしているような手応えに、真っ向から相手をするのが馬鹿馬鹿しくなる。魚住は腕を組んだ。
「おい、ヒコイチ、センドーはどこだ、センドーは?」
 敵である花道の問いに相田はあっさりと答えた。
「そ……それがまだ来てへんのですよ。午前の授業もおらんかったって……」
「あいつ、うちが私立って分かってんのか?」
 堪忍袋の緒のほとんど切れかかった田岡が、仙道はどこだァ! といよいよ声を荒げている。魚住がそれをちらりと見たのをどう受け止めたのか、花道は、
「何だ? サボりか、けしからん」
 と陵南に同調した。そういえば彼女はスケバンの道場破りの割に時間はきっちり守って来た。
「さてはエースと呼ばれて慢心してるな?」
「いや、あいつは一年の頃から……、」
「ちょっと、魚住さん!」
 魚住がさっきまでの調子を忘れて花道に答えるのを越野が止める。そこに、その場のムードを一瞬で塗り替える、大らかで明るい声。
「チワーーーース‼」
 鉄扉の開く重い音をかき消す声に、陵南も湘北も観客たちも、一斉にドアの方を見る。眩しい光を背にして立った背の高いシルエット。誰も何も言わずとも、彼が陵南高校バスケットボール部エースの仙道彰であることは明らかだった。
 花道は光が眩しくて目を細めた。
「コラァーーーッ! この馬鹿者‼ 今までいったい何をしとったんじゃあ仙道‼」
 田岡の怒声とざわつく周囲。呆れと安心の入り混じる陵南、緊張にひりつく湘北、そして沸き上がる観客たち。しかし当の仙道はそんな周囲の影響を一切受けず、ただにこにこと監督の説教を浴びている。
 誰かが鉄扉を閉める。光が段々と細くなり、仙道の片頬を照らす線となって消えた。
「すいません、先生。寝坊です」
「ぐ……」
 あまりに張り合いのない彼の様子に怒気を削がれた田岡は、やれやれ、とその対象を周囲に広げる。
「そら、お前ら、ぼさぼさしてるんじゃないっ‼」
 生徒たちはぴゃっと飛び上がって慌ただしく動き始めた。とはいえ試合の準備などは既に終わっているから、残るはエースの準備だけだ。
 相田が仙道にユニフォームを渡す。彼はやはりにっこりと笑い、それを受け取った。
 陵南高校バスケットボール部エース・仙道彰は、甘い顔立ちに柔和な笑顔を乗せた、名前通りどこか浮世離れした印象の男だった。太い眉は優しい形をしているから機嫌よく見えるが、その上機嫌は本心を覆い隠す薄い膜のようにも思える。
 花道は、彼が気にしないのをいいことに無遠慮な視線を仙道に投げた。これから戦う相手の身体を上から下までじっくりと観察する。高い身長、分厚い身体。胸板がしっかりしているから学ランがよく似合っている。勿論ユニフォームもよく似合うだろう。胸が厚いなら、それに連なる腕はどうだ? すると突然、仙道が学ランを脱いだ。
「えっ」
 ギャラリーの視線に目もくれず着替え始めたエースに、周りの方がびっくりする。陵南の選手たちは慌てた様子で彼を取り囲み人間の壁を作った。
「仙道、アップの時間はねーぞ。すぐに出てもらうからな」
 人波の中から飛び出た頭に向かって魚住が言う。仙道が屈む。特徴的な毛先が集団に隠れて衣擦れの音だけが聞こえる。
「大丈夫ですよ、魚住さん。走ってきたから」
 ぎゅっと靴ひもを結ぶ音を声を皮切りに、人の壁が扉となって左右に開く。ここは彼のステージだ。そう思うようなシーン。期せず生まれた演出。エース・仙道彰の登場に湘北一同は息を呑んだ。
「さあ、いこーか」
 白字に紺のユニフォーム。纏うのはエースに多い番号、七。彼の背に立つ選手たちの表情がスッと変わる。
「おい、何ボーっとしてる」
「い、いえ」
「いくぞ‼」
「おう‼」
 緊張と高揚を引き連れて、湘北はこれから彼らに挑む。学年が変わって初めての練習試合。できたばかりのチームの実力が今、これから試されるのだ。そしてそれは陵南も同じこと。――と、
「ん?」
 火花を散らすチームの間に、鮮烈な赤が飛び込む。丁度センターラインの上に立ち仙道に対峙するのはやはり彼女、桜木花道だ。
「秘密兵器の桜木花道だ‼ センドー、おめーはあたしが倒す‼」
 神をも恐れぬ何とやら。闘争心むき出しの彼女の態度に、仙道の背後が勢いよく燃え上がる。が、彼自身は突然真正面に現れた赤い髪の少女を驚くでもなくただ真っ直ぐその瞳に収め、それから例の絵に描いたおひさまみたいな顔でにっこり笑って、
「よろしく」
 と右手を差し出した。花道は当たり前のように差し出された手を少しの間見つめ、それから笑い、彼の手を握った。
「TIPP OFF‼」
 こうして試合が始まった。